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福岡高等裁判所 昭和37年(ネ)348号 判決 1962年12月13日

佐賀市神野町九三四番地の四〇

控訴人

野田龍千代

右訴訟代理人弁護士

吉浦大蔵

被控訴人

福岡国税局長

加治木俊道

右指定代理人

中村盛雄

和田臣司

松尾金三

安永一男

右当事者間の贈与税審査請求棄却決定取消請求控訴事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決を取り消す。

被控訴人が昭和三六年三月一六日なした、控訴人の昭和三四年度分贈与税再調査請求に関する棄却決定は、これを取り消す。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴指定代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張竝びに証拠関係は、控訴代理人において、甲第八号証の一・二を提出し、当審証人野田健吾、同野田ウメ、同宮城福永、同藤原輝明、同鶴省三の各証言を援用し、原審に提出した甲第一乃至第七号証は検証物としても提出したいものであると述べ、被控訴指定代理人において、甲第八号証の一・二は不知、原審提出の甲第一乃至第七号証はこれを利益に援用する、と述べたほか、原判決の事実摘示に記載してあるところと同一であるから、これをこゝに引用する。(但し原判決二枚目裏六行目に昭和三四年一一月一五日とあるのは、昭和三五年の誤記と認める。)

理由

控訴人は、訴外合名会社松永名菓堂の社員であるが、昭和三五年七月二〇日佐賀税務署長から、その実母である訴外野田ウメから金一七七万円の贈与を受けながら、その申告をしなかつたとして、無申告加算税額一〇万七、〇〇〇円を含む合計額五三万五、〇〇〇円の贈与税額の決定通知を受け、これに対し再調査竝びに被控訴人に対する審査請求に及んだところ、昭和三六年三月一六日被控訴人から棄却の決定を受け、同月一九日その旨の通知を受けたことは、本件当事者間に争いがない。

被控訴人は控訴人の母野田ウメは、昭和三四年七月頃その所有家屋竝びに宅地を代金二二〇万円で売却し、内金四三万円を前示訴外合名会社松永名菓堂の増資出資金とした残額一七七万円について、娘である控訴人に対し贈与したものであると主張するのに対し、控訴人はそのような贈与を受けた事実はないと極力これを否認するとともに、斯様な税務当局の認定を受けるに至つたのは、前示訴外合名会社の記帳をしていた御厨ユミが、入金伝票の記帖を誤つて野田ウメからの借入れ金とすべきを、控訴人からの借入れ金として処理したことに基因すると主張するので、これらの点について審案する。成立に争いのない乙第一、第二号証の各一・二と甲第一乃至第七号証を対照し、原審証人柴垣雅弘の証言を合せ考えれば、訴外合名会社松永名菓堂は、その社員である控訴人から、昭和三四年七月一九日から同年一一月九日までの間前後七回に亘つて、合計二三三万円の借り入れをしておる一方、控訴人にそのような個有資産のなかつた点などからみて、前掲借入れ金二三三万円のうちに訴外野田ウメから控訴人に対する贈与金一七七万円が包含されているものと、一応推認されないではない。しかしこのことは、前掲乙第一号証の前示合名会社元帖及び同第二号証の一・二の同会社昭和三四年度確定申告書の各記載を動かし難いものと考えるからであつて、後記認定のような事情を参酌すれば、控訴人主張のような誤記のあつたことも優に認められるところであつて、贈与の事実を認むべき直接資料のない本件においては、むしろ後記認定の方が合理的であるといわねばならない。

すなわち、前掲甲第一乃至第七号証、乙第一、第二号証の各一・二、当審証人野田健吾の証言によつてその成立を認め得る甲第八号証の一、二と、原審証人御厨ユミ、原審竝びに当審証人野田健吾(原審においては第一・二回)、同野田ウメ、同宮城福永、当審証人鶴省三、同藤原輝明の各証言及び原審における控訴本人尋問の結果を合せ考えれば、訴外合名会社松永名菓堂は資本金一〇〇万円、社員控訴人の夫野田健吾、控訴人及び控訴人の実母でありその養母である野田ウメの三名からなる同族合名会社であるが、昭和三四年七月頃資金に苦しんだ結果、右訴外人野田ウメの先祖伝来の所有資産であつた宅地建物を代金二二〇万円で他に売却し、その売却代金から融資を受け借金返済にあてたのであるが、該借り入れ金は控訴人から右会社の記帖係りをしていた御厨ユミに手交されたため、同人が野田ウメからの借り入れ金として入金、伝票を作成すべきところを、誤つて控訴人からの借り入れ金として処理したため、その後の元帖に対する記帖もその旨が誤記され、又昭和三五年二月二九日までに提出すべき確定申告書にもそのことが気付かれずに申告されるに至つたが、同年六月同会社の法人税に関する調査が行われた際鶴税理士によつてこのことが発見され、このことが同調査に赴いた藤原輝明税務署員にも申告されていたこと、そして前示確定申告に際し前示誤記について気付かれなかつたのは、その頃控訴人の夫野田健吾は四カ月に亘る入院療養生活の直後で、右会社の帖簿計理についてこれを深く検討する余裕のなかつたことに基因するものであること、がそれぞれ認められる。

乙第三号証によつても右認定を動かすに足らず、その他に右認定を覆えすに足る反証はない。

さうだとすれば、乙第一号証に控訴人からの借入れ金として記帖されているのは誤記であつて、訴外野田ウメから控訴人に対する贈与はなされていないものといわねばならないから、被控訴人のなした昭和三六年三月一六日附棄却決定はもとより、原判決も亦失当として取消しを免かれない。

そこで民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中園原一 裁判官 厚地政信 裁判官 原田一隆)

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